去る者は追わず来る者は拒まずの読み方
さるものはおわずくるものはこばまず
去る者は追わず来る者は拒まずの意味
このことわざは、自分のもとを去っていく人を無理に引き止めようとせず、新しく訪れてくる人は快く受け入れるという、人間関係における寛容で自然な態度を表しています。去る人には去る理由があり、それを尊重することが大切だという考え方です。同時に、新しく来る人に対して疑いや警戒心を持たず、開かれた心で迎え入れる姿勢も示しています。
この表現は、組織のリーダーや人を束ねる立場の人が持つべき度量の大きさを説く場面でよく使われます。また、人生の転機において、過去への執着を手放し、新しい出会いや機会を前向きに受け入れる心構えを語る際にも用いられます。現代では、職場での人の異動や、友人関係の変化など、様々な人間関係の場面で、この自然な流れを受け入れる姿勢の大切さを伝える言葉として理解されています。
由来・語源
このことわざの明確な出典については諸説あり、確定的なことは言えませんが、中国の古典思想、特に老荘思想の影響を受けている可能性が指摘されています。自然の流れに逆らわず、無理に執着しないという考え方は、老子の「無為自然」の思想と通じるものがあると考えられています。
日本では江戸時代の文献にこの表現が見られることから、少なくともその頃には広く知られていたと推測されます。当時の武家社会では、主従関係や人の出入りが頻繁にあり、去る者を無理に引き止めることは互いの面目を潰すことになりかねませんでした。また、新しく仕える者を疑いの目で見ることも、組織の発展を妨げると考えられていたようです。
言葉の構造を見ると、「去る者」と「来る者」という対照的な二つの状況を並べ、それぞれに対する態度を「追わず」「拒まず」と否定形で示しています。この否定形の使用が、執着や排除という人間の自然な感情を抑制し、より大きな度量を持つべきだという教えを強調していると言えるでしょう。人の流れを川の流れのように自然なものと捉え、それに身を任せる潔さを説いた言葉だと考えられています。
使用例
- 部下が転職すると聞いて寂しいけれど、去る者は追わず来る者は拒まずの精神で送り出そう
- 古いメンバーが抜けて新人が入ってくるのは寂しいが、去る者は追わず来る者は拒まずで前を向くしかない
普遍的知恵
人間関係において、私たちはしばしば執着と排除という二つの感情に囚われます。大切な人が去ろうとすれば引き止めたくなり、知らない人が近づいてくれば警戒してしまう。これは生存本能に根ざした自然な反応かもしれません。しかし、このことわざが何百年も語り継がれてきたのは、そうした本能的な反応を超えた、より成熟した人間関係のあり方を示しているからでしょう。
人が去るのには必ず理由があります。その理由を無視して引き止めることは、相手の意志を尊重しないことであり、結局は関係をさらに悪化させるだけです。一方で、新しく来る人を疑いの目で見ることは、可能性の芽を摘むことになります。先人たちは、人の流れを自然現象のように捉え、それに抗うのではなく受け入れることの方が、長い目で見れば豊かな人間関係を築けると理解していたのです。
この知恵の本質は、コントロールを手放す勇気にあります。人を自分の思い通りにしようとする欲望を捨て、それぞれの選択を尊重する。そこには深い信頼があります。去る人はいつか戻ってくるかもしれないし、来る人は素晴らしい縁をもたらすかもしれない。そう信じられる心の余裕こそが、人間としての成熟を示しているのではないでしょうか。
AIが聞いたら
人間関係を情報システムとして見ると、このことわざは驚くほど効率的なエネルギー戦略を表しています。
エントロピーとは簡単に言えば「無秩序さの度合い」です。宇宙の法則として、すべてのシステムは放っておくと無秩序な方向へ進みます。部屋が自然と散らかるのと同じ原理です。人間関係も同様で、自然に離れていく関係を無理に維持しようとすることは、この法則に逆らう行為になります。
ここで重要なのは、秩序を維持するコストです。情報理論では、低エントロピー状態(整った状態)を保つには継続的なエネルギー投入が必要だと示されています。去ろうとする人を引き止めるには、連絡を取り続け、説得し、関係を修復する努力が必要です。これは膨大な心理的エネルギーを消費します。一方、来る人を受け入れるのは、既に向かってくるエネルギーの流れに乗るだけなので、ほとんどコストがかかりません。
さらに興味深いのは、強制的に維持された関係は「偽の低エントロピー状態」だという点です。見た目は繋がっているように見えても、内部では情報の質が劣化しています。つまり、形だけの関係です。本当に意味のある情報交換(深い会話や信頼)は起きていません。
このことわざは、自然なエントロピーの流れに逆らわず、エネルギーを本当に価値ある関係に集中させる知恵なのです。
現代人に教えること
現代社会は変化のスピードが速く、人との出会いと別れが頻繁に訪れます。このことわざは、そんな時代を生きる私たちに、変化を恐れず受け入れる柔軟性の大切さを教えてくれます。
職場でも、プライベートでも、人が去っていくことに不安を感じるのは自然なことです。でも、その不安から相手を引き止めようとすれば、かえって関係がぎくしゃくしてしまいます。大切なのは、相手の選択を尊重し、感謝の気持ちで送り出すこと。そうすることで、たとえ物理的に離れても、心のつながりは残り続けるものです。
同時に、新しい出会いに対して心を開くことも重要です。過去の関係への執着や、新しい人への警戒心は、あなたの世界を狭くしてしまいます。来る人を快く受け入れることで、予想もしなかった素晴らしい縁や機会が生まれることがあります。
このことわざが教えてくれるのは、人生の流れに身を任せる勇気です。すべてをコントロールしようとせず、自然な変化を受け入れる。そんな心の余裕を持つことで、あなたの人間関係はより豊かで、自由なものになっていくはずです。


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