追う手を防げば搦め手が回るの読み方
おうてをふせげばからめてがまわる
追う手を防げば搦め手が回るの意味
このことわざは、一つの方向から来る攻撃や問題に対処しても、別の方向から新たな攻撃や問題が発生してしまうという状況を表しています。正面の脅威を防ごうと力を注げば、その隙を突いて裏手から攻められてしまう。つまり、完全な防御は困難であり、一つの対策を講じることで別の弱点が生まれてしまう現実を示しているのです。
この表現は、仕事上のトラブル対応や人間関係の調整など、複数の問題が同時に発生している場面で使われます。一方を優先すれば他方がおろそかになり、結局すべてを満足に解決できない状況を的確に言い表しています。現代でも、限られた時間や資源の中で複数の課題に対処しなければならない時、この言葉の持つ意味の重さを実感することが多いでしょう。
由来・語源
このことわざは、日本の城郭攻防戦における戦術用語から生まれたと考えられています。「追う手」とは正面から追撃する本隊のことで、「搦め手」とは裏手や側面から回り込む別働隊を指す軍事用語です。城には正門である「大手門」と裏門である「搦め手門」があり、攻城戦では正面攻撃と同時に裏手からの侵入を試みるのが常套手段でした。
戦国時代から江戸時代にかけて、武将たちは城を守る際、正面の防御を固めれば敵は必ず裏手を突いてくることを熟知していました。限られた兵力で全方位を完璧に守ることは不可能であり、一方を強化すれば必ず別の方向に隙が生まれるという戦場の現実がありました。この軍事的な教訓が、やがて日常生活における問題対処の困難さを表す言葉として広く使われるようになったと考えられます。
明確な文献上の初出は定かではありませんが、武家社会の実践的な知恵が庶民の生活にも浸透し、一つの問題を解決しても別の問題が発生するという人生の普遍的な真理を表す表現として定着していったのでしょう。
豆知識
城郭建築において、搦め手門は意図的に防御を弱くすることがありました。なぜなら、敵をあえて搦め手に誘導し、狭い通路で迎え撃つ方が有利だったからです。つまり「搦め手が回る」ことを前提とした防御戦略も存在していたのです。
軍事用語としての「搦め手」は、単に裏口という意味だけでなく、「絡め取る」という積極的な攻撃の意味も含んでいました。正面攻撃で敵の注意を引きつけながら、別働隊が回り込んで包囲するという高度な戦術を表す言葉だったのです。
使用例
- セキュリティ対策を強化したら今度は使い勝手が悪いとクレームが来て、まさに追う手を防げば搦め手が回る状態だ
- 子供の勉強時間を増やしたら睡眠不足で体調を崩すし、追う手を防げば搦め手が回るとはこのことだな
普遍的知恵
このことわざが語り継がれてきた理由は、人間が直面する根本的なジレンマを見事に捉えているからです。私たちは常に完璧を求め、すべての問題を同時に解決したいと願います。しかし現実には、時間も資源も能力も限られています。一つのことに集中すれば、必ず別の何かが手薄になる。これは人間存在の本質的な制約なのです。
興味深いのは、このことわざが単なる諦めを説いているのではないという点です。むしろ、完璧な防御など存在しないという現実を直視し、その上でどう立ち回るかという知恵を示唆しています。戦国武将たちは、すべてを守ることの不可能性を知りながらも、優先順位をつけ、時には意図的に隙を作ることで敵を誘導する戦略を編み出しました。
人生においても同じです。すべてを完璧にこなそうとする完璧主義は、かえって自分を追い詰めます。何を守り、何を捨てるか。その選択こそが生きる知恵であり、このことわざは私たちに「選択の勇気」を持つことの大切さを教えているのです。限界を認めることは弱さではなく、むしろ現実を見据えた強さなのです。
AIが聞いたら
防御側が抱える根本的な問題は、リソースの分散を強いられる点にあります。たとえば城を守る側が正面に兵士100人を配置すれば、裏口には配置できる兵士が減ります。仮に正面と裏口に50人ずつ配置したとしましょう。一方、攻撃側は100人全員を裏口に集中させることができます。この瞬間、裏口では100対50という圧倒的な戦力差が生まれるのです。
この非対称性を数式で表すと、防御側の戦力密度は「総リソース÷守るべき地点の数」で計算されます。守るべき場所が2か所なら半分、10か所なら10分の1に薄まります。しかし攻撃側は「総リソース×1」を任意の一点に投入できます。つまり守るべき地点が増えるほど、防御側は指数関数的に不利になるのです。
現代のサイバーセキュリティでも同じ構造が見られます。企業は何千ものシステムの脆弱性すべてに対策を講じなければなりませんが、攻撃者はたった一つの穴を見つければ侵入できます。これは「攻撃者優位の原則」と呼ばれ、セキュリティ専門家を悩ませています。
さらに興味深いのは、防御側が完璧を目指すほど、かえって脆弱になる逆説です。すべての地点を均等に守ろうとすれば、どの地点も中途半端な守りになってしまうからです。
現代人に教えること
このことわざが現代人に教えてくれるのは、完璧を手放す勇気です。私たちは仕事でも家庭でも、すべてを完璧にこなそうと頑張りすぎてしまいます。しかし一つの問題に全力を注げば、必ず別の場所に歪みが生まれる。それは避けられない現実なのです。
大切なのは、何が本当に重要かを見極める目を持つことです。すべてを守ろうとするのではなく、優先順位をつける。時には意図的に手を抜く勇気を持つ。それは怠慢ではなく、限られた資源を最も効果的に使うための戦略です。
また、問題が次々と現れることを前提に、柔軟に対応する姿勢も必要です。一つ解決したらまた次、それでいいのです。完璧な状態など永遠に訪れないと知れば、むしろ気持ちが楽になります。人生は問題解決の連続であり、それ自体が生きることの本質なのですから。あなたも肩の力を抜いて、できる範囲で最善を尽くす。それで十分なのです。


コメント