難産色に懲りずの読み方
なんざんいろにこりず
難産色に懲りずの意味
「難産色に懲りず」とは、難産という壮絶な苦しみを経験しても、その辛さを忘れて再び色事に走ってしまうことから、辛い経験をしたにもかかわらず懲りずに同じ過ちを繰り返してしまう人間の性質を表すことわざです。
このことわざが使われるのは、過去に痛い目に遭ったはずなのに、喉元過ぎれば熱さを忘れるように、また同じような失敗をしてしまう人を見たときです。ギャンブルで大損したのにまた手を出す、恋愛で傷ついたのにまた同じタイプの人を好きになる、といった場面で使われます。
現代では、人間の学習能力の限界や、欲望や感情が理性を上回ってしまう様子を表現する際に用いられます。批判的なニュアンスを含みつつも、それが人間らしさでもあるという、ある種の諦観や理解も込められた表現と言えるでしょう。
由来・語源
このことわざの由来について、明確な文献上の記録は残されていないようですが、言葉の構成から興味深い考察ができます。
「難産」とは文字通り出産時の苦しみを指し、「色」は古くから男女の情愛や恋愛を意味する言葉として使われてきました。「色事」「色恋」といった表現からも分かるように、日本語において「色」は性愛を婉曲的に表す言葉だったのです。
このことわざが生まれた背景には、出産という命がけの経験があります。医療が発達していなかった時代、出産は母体にとって非常に危険な行為でした。難産ともなれば、母子ともに命を落とす危険性が高く、壮絶な苦しみを伴うものだったのです。
それほどの苦痛を経験したにもかかわらず、時が経てばまた恋愛に走り、再び妊娠・出産に至る。この人間の本能的な行動パターンを、先人たちは冷静に、そして少しユーモアを交えて観察していたと考えられます。
女性の出産という具体的な経験を例に挙げながら、実は人間全般に共通する「苦しい経験を忘れて同じ過ちを繰り返す」という性質を表現した、実に的を射たことわざと言えるでしょう。
使用例
- 彼はまた同じ詐欺に引っかかったらしい、まさに難産色に懲りずだね
- ダイエットに失敗しては暴飲暴食を繰り返す私は、難産色に懲りずの典型だ
普遍的知恵
「難産色に懲りず」ということわざには、人間という存在の本質的な矛盾が凝縮されています。私たちは理性を持ち、経験から学ぶ能力を持っているはずなのに、なぜ同じ過ちを繰り返してしまうのでしょうか。
その答えは、人間が単なる論理的な存在ではなく、欲望や感情に突き動かされる生き物だからです。難産という命がけの苦しみでさえ、時間が経てば記憶は薄れ、本能的な欲求が再び頭をもたげてくる。これは人間の弱さであると同時に、生命力の強さでもあるのです。
もし人間が完全に合理的で、一度の失敗から完璧に学べる存在だったら、おそらく人類はここまで繁栄しなかったでしょう。失敗を恐れず、痛みを忘れて再び挑戦する。この「懲りない」性質こそが、人類を前進させてきた原動力なのかもしれません。
先人たちは、この人間の矛盾した性質を否定するのではなく、ユーモアを交えて受け入れていました。完璧な人間などいない。誰もが懲りずに同じような失敗を繰り返す。そんな不完全さこそが人間らしさであり、それを認め合うことで、私たちは互いに寛容になれるのです。このことわざには、人間への深い理解と、温かい眼差しが込められているのです。
AIが聞いたら
人間の脳には「危険から学習する速度」に明確な優先順位があります。たとえば、毒キノコで一度でも吐いた経験があれば、その味や匂いを生涯避けるようになります。これをガルシア効果と呼びます。ネズミの実験では、特定の味と吐き気を一度結びつけただけで、二度とその味を口にしなくなることが確認されています。進化の過程で、毒物回避は個体の生存に直結するため、脳はこの学習を最優先で記憶に刻み込むのです。
ところが出産の痛みは違います。医学的には陣痛は人間が経験する最高レベルの痛みとされ、骨折の数倍の痛覚信号が脳に届きます。普通なら脳は「二度と経験したくない」と強烈に学習するはずです。しかし実際には多くの女性が第二子、第三子を産みます。
ここに進化の巧妙な仕組みがあります。出産直後に大量放出されるオキシトシンというホルモンは、痛みの記憶を薄れさせ、赤ちゃんへの愛着を強化する作用を持ちます。つまり脳は意図的に痛みの記憶を上書きしているのです。個体の生存本能よりも種の存続本能のほうが、進化的には優先度が高い。だから人間の脳は、毒キノコは一生覚えているのに、出産の痛みは忘れるように設計されています。学習しないのではなく、学習させないシステムが働いているのです。
現代人に教えること
このことわざが現代の私たちに教えてくれるのは、人間の不完全さを受け入れることの大切さです。
私たちは誰もが、大なり小なり「懲りない」経験をしています。健康を害すると分かっていても夜更かしをする、お金がないのに衝動買いをする、傷つくと分かっていても感情的になってしまう。そんな自分を責めて落ち込むことがあるかもしれません。
でも、このことわざは教えてくれます。それは何千年も前から変わらない人間の性質なのだと。完璧に自分をコントロールできる人などいないのだと。
大切なのは、失敗を繰り返す自分を責めすぎないことです。同時に、「人間とはそういうものだ」と開き直って何も学ばないのでもありません。自分の弱さを認めた上で、少しずつ改善していく。失敗したら、また立ち上がる。そのプロセスを繰り返すことこそが、人間らしい成長なのです。
そして、他人が同じ過ちを繰り返しているのを見たときも、この寛容さを思い出してください。誰もが「難産色に懲りず」の人生を歩んでいるのですから。


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