早くて悪し大事なし、遅くて悪し猶悪しの読み方
はやくてあししだいじなし、おそくてあししなおあし
早くて悪し大事なし、遅くて悪し猶悪しの意味
このことわざは、仕事や作業において、出来が悪くても早く仕上げるならまだ許されるが、遅いうえに出来まで悪いのは最悪だという戒めを表しています。
つまり、完璧を目指すあまり時間をかけすぎて、結局期限に遅れたうえに質も悪いという最悪の結果を避けるべきだという教えです。早ければ、たとえ不完全でも修正する時間が残されていますし、相手も対応策を考える余裕があります。しかし遅くて悪ければ、時間的な余裕もなく、信用も失ってしまいます。
このことわざを使うのは、完璧主義に陥って納期を守れない人への忠告や、スピードと質のバランスを考えさせる場面です。現代でも、プロジェクトの進行管理や仕事の優先順位を考える際に、この教訓は非常に有効です。早く形にして、そこから改善していくという姿勢の大切さを教えてくれる言葉なのです。
由来・語源
このことわざの明確な文献上の初出は定かではありませんが、江戸時代の庶民の間で使われていた実用的な教訓だと考えられています。言葉の構造を見ると、前半と後半で対比を作る形式になっており、これは日本の伝統的なことわざの典型的なパターンです。
「早くて悪し」と「遅くて悪し」という二つの失敗パターンを並べ、さらに「大事なし」と「猶悪し」という評価を対比させることで、仕事の優先順位を明確に示しています。ここで注目すべきは「大事なし」という表現です。これは「大したことではない」という意味で、早ければ出来が悪くても許容範囲だという当時の実務感覚を反映しています。
一方、「猶悪し」の「猶」は「なお」と読み、「さらに」「いっそう」という意味を持つ古語です。つまり、遅いうえに出来が悪いのは「さらに悪い」「もっと悪い」という強調表現になっているのです。
このことわざが生まれた背景には、職人文化や商人の世界があったと推測されます。納期を守ることが信用に直結する社会では、完璧を目指して遅れるよりも、多少の不備があっても期限内に仕上げることが重視されました。そうした実務の現場から生まれた知恵が、この言葉に凝縮されているのでしょう。
使用例
- 企画書の完成度にこだわりすぎて提出が遅れたうえに内容も微妙だなんて、早くて悪し大事なし遅くて悪し猶悪しだよ
- 彼は早くて悪し大事なし遅くて悪し猶悪しを地で行くような仕事ぶりで、いつも締切を破ったうえにミスだらけだ
普遍的知恵
このことわざが語り継がれてきた理由は、人間が持つ根源的な葛藤を見事に言い当てているからです。私たちは誰しも、良いものを作りたいという欲求と、時間という制約の間で揺れ動きます。
完璧主義は一見美徳のように思えますが、その裏には恐れが潜んでいることがあります。不完全なものを人に見せる恐れ、批判される恐れ、失敗する恐れです。そして、その恐れが私たちを動けなくさせ、結果として最悪の事態を招いてしまうのです。
先人たちは、この人間心理を深く理解していました。完璧を目指すことは素晴らしいけれど、それが行動を妨げるなら本末転倒だと。むしろ、不完全でも早く形にすることで、改善の機会が生まれ、学びが得られ、信頼関係も保たれることを知っていたのです。
このことわざには、もう一つ深い洞察があります。それは「時間」という要素が、質の評価そのものを変えてしまうという真理です。どんなに素晴らしい成果物でも、必要な時に届かなければ価値は半減します。逆に、多少不完全でも適切なタイミングで提供されれば、その価値は何倍にもなるのです。
人生において、タイミングを逃すことの代償は計り知れません。このことわざは、完璧という幻想を追うよりも、今できることを今やる勇気の大切さを教えてくれているのです。
AIが聞いたら
ドアがゆっくり閉まるあの装置、ドアクローザーには実は精密な計算が隠れています。速く閉めすぎるとドアが跳ね返って何度も揺れ、遅すぎるといつまでも閉まらない。ちょうどいい速さで一発で閉まる状態、これを制御理論では「臨界減衰」と呼びます。
この現象を数式で表すと、減衰係数という値が関係してきます。係数が小さすぎると系は振動し、大きすぎると動きが鈍重になる。面白いのは、最速で目標に到達しつつ振動しない最適値がたった一点だけ存在することです。つまり「速さ」と「安定性」の完璧なバランスポイントは数学的に一つしかないのです。
車のサスペンションも同じ原理です。柔らかすぎると車体が揺れ続けて乗り心地が悪く、硬すぎると路面の衝撃をもろに受ける。エンジニアは臨界減衰に近い値を狙って設計します。
このことわざが驚くべきなのは、人間が経験だけでこの物理法則を見抜いていた点です。微分方程式を解かなくても、仕事の現場で「速すぎても遅すぎてもダメ、ちょうどいい速さがある」という真理を体得していた。数学が証明する最適解と、職人の知恵が完全に一致しているのです。
現代人に教えること
このことわざが現代の私たちに教えてくれるのは、行動することの勇気です。SNSやメールの時代、私たちは常に完璧な返信、完璧な成果物を求められているような気がして、つい行動を躊躇してしまいます。
でも考えてみてください。あなたが誰かからの返事を待っているとき、完璧な文章が三日後に届くのと、簡潔でも当日中に届くのと、どちらが嬉しいでしょうか。多くの場合、後者ではないでしょうか。
大切なのは、完璧主義という名の先延ばしに気づくことです。もちろん質を追求する姿勢は素晴らしいのですが、それが行動しない言い訳になっていないか、自問してみる必要があります。
実践的には、まず期限を最優先に設定し、その中で最善を尽くすという姿勢が有効です。80点の出来で期限内に提出し、フィードバックを受けて改善する方が、100点を目指して遅れるよりもはるかに建設的です。
このことわざは、不完全でも前に進む勇気を持つこと、そして時間という資源の価値を理解することの大切さを教えてくれています。完璧を目指す心は持ちながらも、今できることを今やる。その積み重ねこそが、本当の成長につながるのです。


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