近きを釈てて遠きを謀る者は労して功無しの意味・由来・使い方|日本のことわざ解説

ことわざ

近きを釈てて遠きを謀る者は労して功無しの読み方

ちかきをすててとおきをはかるものはろうしてこうなし

近きを釈てて遠きを謀る者は労して功無しの意味

このことわざは、身近なことを疎かにして遠大な計画ばかり立てても成果は得られないという意味です。目の前にある課題や、手の届く範囲の仕事をないがしろにしたまま、壮大な目標や理想ばかりを追い求める人は、結局どちらも成し遂げられず、努力だけが空回りしてしまうという戒めを表しています。

使われる場面としては、基礎を固めずに応用に走る人、日々の小さな積み重ねを軽視して一発逆転を狙う人、足元の人間関係を大切にせず遠くの人脈作りに奔走する人などに対して、警告や助言として用いられます。現代では、ビジネスの場面で基本業務をおろそかにして大型プロジェクトばかり追う姿勢や、家庭を顧みず仕事の野心だけを追求する生き方などを戒める際にも使われています。

由来・語源

このことわざは、中国の古典『春秋左氏伝』に由来すると考えられています。同書には「近きを棄てて遠きを謀る者は労して功無し」という形で記されており、古代中国の政治思想が反映された言葉として知られています。

「釈てて」という言葉は、現代では「捨てて」と書かれることが多いのですが、本来は「放棄する」「手放す」という意味を持つ古語です。「謀る」は計画を立てる、企てるという意味で、単なる思考ではなく、具体的な行動を伴う計画立案を指しています。

この言葉が生まれた背景には、古代中国の政治における実務的な知恵があったと考えられます。当時の為政者たちは、しばしば遠方の領土拡大や大規模な事業に目を向けがちでしたが、足元の民の暮らしや身近な統治を疎かにすれば、結局は国が乱れ、遠大な計画も水泡に帰すという教訓が繰り返し語られていました。

日本には漢籍とともに伝わり、江戸時代の教訓書などにも引用されるようになったとされています。実務を重んじる武士の教育において、理想論に走らず足元を固めることの大切さを説く言葉として受け継がれてきました。

使用例

  • 新規事業の企画ばかり考えているが、近きを釈てて遠きを謀る者は労して功無しというように、まずは目の前の顧客対応を丁寧にすべきだ
  • 海外進出を夢見る前に、近きを釈てて遠きを謀る者は労して功無しで、地元での実績をしっかり作らないと

普遍的知恵

人間には、遠くの輝かしいものに心を奪われ、足元の地味なものを見過ごしてしまう性質があります。なぜなら、遠くにあるものは美しく見え、まだ手に入れていないからこそ無限の可能性を秘めているように感じられるからです。一方で、すでに手の中にあるもの、日々向き合っている現実は、その価値が見えにくくなってしまいます。

このことわざが長く語り継がれてきたのは、人間のこうした心理的傾向が時代を超えて変わらないからでしょう。古代の為政者も、現代のビジネスパーソンも、同じように「もっと大きなこと」「もっと遠くの成功」に憧れ、足元を疎かにしてしまう誘惑と戦っています。

しかし先人たちは、真の成功は常に足元から積み上げられることを知っていました。遠大な目標を持つことは素晴らしいことですが、それを支えるのは日々の小さな実践です。木が高く伸びるためには、まず根を深く張らなければなりません。建物が空に向かってそびえ立つためには、しっかりとした基礎が必要です。

このことわざは、人間の夢見る力を否定しているのではありません。むしろ、本当に遠くまで到達したいなら、まず近くを大切にしなさいという、愛情深い助言なのです。

AIが聞いたら

複雑系科学の視点から見ると、このことわざは「遠い目標」が持つ根本的な脆弱性を突いています。気象学者ローレンツが発見したバタフライ効果では、初期条件のわずか0.000001の違いが、数週間後には天気予報を完全に無意味にします。つまり、遠い未来ほど予測不可能になるのです。今日の小さな行動が10年後にどう影響するかは、変数が多すぎて計算できません。だから遠い目標に向けた計画は、途中で無数の予測不能な変化に飲み込まれてしまいます。

一方で創発という現象に注目すると、面白い逆説が見えてきます。アリは目の前の仲間の動きにだけ反応しているのに、コロニー全体では高度な食料調達システムが自然に生まれます。各アリは「遠い目標」など考えていません。ただ隣のアリとの局所的なやりとりを繰り返すだけです。それなのに結果として、誰も設計していない効率的な組織が創発するのです。

人間も同じです。目の前の課題を確実に処理することで、その積み重ねから予想外の大きな成果が創発的に生まれます。逆に遠い目標ばかり見ていると、初期値鋭敏性によって計画は次々とズレていき、労力だけが空回りします。複雑系では「近くの確実な一歩」こそが、カオス的な未来を味方につける唯一の戦略なのです。

現代人に教えること

このことわざが現代人に教えてくれるのは、夢と現実のバランスの取り方です。SNSで他人の華やかな成功を目にし、自分も一気に大きなことを成し遂げたいと焦る気持ちは、誰にでもあるでしょう。しかし、本当に遠くまで行きたいなら、今日できることを丁寧に積み重ねることが最短距離なのです。

具体的には、大きな目標を持ちながらも、毎日の小さな行動を大切にすることです。起業を夢見るなら、まず今の仕事で信頼を築くこと。健康な体を手に入れたいなら、今日の一食、今日の一歩から始めること。豊かな人間関係を望むなら、目の前の人との会話を大切にすること。

遠くを見る目と、足元を見る目、その両方を持つことが大切です。遠くだけを見れば転びますし、足元だけを見ていては方向を見失います。あなたの夢は素晴らしいものです。その夢を実現するために、今日、手の届く範囲で何ができるでしょうか。その一歩が、やがてあなたを遠くまで連れて行ってくれるのです。

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