人に受くる者は人を畏れ、人に矛うる者は人に驕るの読み方
ひとにうくるものはひとをおそれ、ひとにほどこすものはひとにおごる
人に受くる者は人を畏れ、人に矛うる者は人に驕るの意味
このことわざは、人から恩恵を受ける者は謙虚になり、人に恩恵を与える者は傲慢になりがちだという人間心理の真実を表しています。助けてもらったり、何かを受け取ったりする立場にある人は、相手に対して感謝の気持ちを持ち、畏敬の念を抱きます。一方で、与える側、施す側に立つと、知らず知らずのうちに相手を見下したり、優越感を持ったりして傲慢な態度になってしまうものです。
この表現は、特に人間関係における立場の違いが心の持ち方にどう影響するかを戒める場面で使われます。権力を持つ者、財を持つ者、知識を持つ者など、何かを与える立場にある人への警告として用いられることが多いでしょう。現代でも、上司と部下、先輩と後輩、支援する側とされる側など、さまざまな関係性の中でこの心理は働いています。立場が人の心を変えてしまう危険性を、このことわざは鋭く指摘しているのです。
由来・語源
このことわざの明確な出典については諸説ありますが、中国の古典思想、特に儒教や道教の影響を受けた教訓として日本に伝わったと考えられています。言葉の構造を見ると、「受くる」と「矛う(ほどこす)」という対比、「畏れ」と「驕る」という対比が見事に配置されており、漢文調の格言の特徴を持っています。
「受くる」は恩恵を受けること、「矛う」は施しを与えることを意味します。特に「矛う」という言葉は現代ではあまり使われませんが、古くは「与える」「施す」という意味で用いられていました。この言葉の選択自体に、人間関係における上下や力関係が含まれています。
興味深いのは、このことわざが単なる道徳的な教えではなく、人間の心理を鋭く観察した結果として生まれている点です。恩を受ける立場の人が相手を恐れ敬うのは自然な心理ですし、逆に与える立場になると優越感から傲慢になりやすいという人間の弱さを、先人たちは見抜いていたのでしょう。
江戸時代の教訓書などにも類似の表現が見られることから、武士や商人の間で人間関係の戒めとして広く共有されていたと推測されます。
豆知識
このことわざに登場する「矛う(ほどこす)」という言葉は、もともと「鉾(ほこ)を向ける」という意味から転じて「差し向ける」「与える」という意味になったと言われています。武器を向けるという攻撃的な意味から、物を差し出すという友好的な意味へと変化した言葉の歴史は興味深いですね。
人間の心理研究では、実際に「パワーパラドックス」という現象が知られています。これは、権力を得た人ほど他者への共感力が低下し、傲慢になりやすいという心理学的な事実です。このことわざが何百年も前に、現代科学が証明する人間心理を言い当てていたことになります。
使用例
- 彼は成功してから態度が変わった、まさに人に矛うる者は人に驕るだね
- 奨学金をもらっている立場だから謙虚にならざるを得ない、人に受くる者は人を畏れとはよく言ったものだ
普遍的知恵
このことわざが語る真理は、人間の心が立場によって容易に変化してしまうという、時代を超えた本質です。私たちは自分の心は一貫していると信じたいものですが、実際には置かれた状況や立場が、驚くほど私たちの態度や感情を左右します。
受ける側にいるとき、私たちは自然と謙虚になります。それは計算ではなく、本能的な反応です。相手への感謝、申し訳なさ、そして相手を失いたくないという恐れが、私たちを低姿勢にさせます。しかし、立場が逆転し、与える側に回った途端、心の中に微妙な変化が生じます。「してあげている」という意識、相手が自分を必要としているという優越感、そして相手をコントロールできるという力の感覚です。
この心理の変化は、誰もが経験しうるものです。だからこそ、このことわざは警告として機能します。権力や富、知識や地位を得たとき、私たちは最も注意深くあるべきなのです。与える立場にあることは、実は最も謙虚さが試される瞬間だと、先人たちは教えてくれています。人間の心の弱さを知り、それを戒めることができる知恵こそが、このことわざが長く語り継がれてきた理由なのでしょう。
AIが聞いたら
人から恩恵を受ける関係と、人に逆らう関係を制御工学の視点で見ると、まったく異なる二つのシステムが浮かび上がる。
恩恵を受ける人が相手を畏れるのは、典型的な負のフィードバックループだ。つまり、自分の態度が傲慢になりそうになると、相手への感謝や依存という事実が自動的にブレーキをかける。体温が上がりすぎると汗をかいて冷やすように、関係が不安定になる前に自己修正が働く。このループは関係を一定の範囲内に保ち、長期的な安定をもたらす。生物の体温調節が36度前後を維持するように、人間関係も適度な緊張感という設定値の周辺で安定する。
一方、人に逆らう者が驕るのは正のフィードバックループだ。逆らう行為が成功すると自信が増し、さらに驕った態度になり、それがさらなる対立を生む。増幅が増幅を呼ぶこの構造は、マイクがスピーカーに近づいたときのハウリング現象に似ている。小さな音が何度も増幅されて最終的には耐えられない騒音になるように、小さな対立が制御不能な破綻へと向かう。
興味深いのは、生物が生存のために負のフィードバックを基本システムとして採用している事実だ。正のフィードバックは出産や血液凝固など、短期間で劇的な変化が必要な場面でのみ使われる。人間関係でも、持続可能性を求めるなら負のフィードバック、つまり謙虚さという自己抑制機構が不可欠なのだ。
現代人に教えること
このことわざが現代の私たちに教えてくれるのは、自分の立場を常に客観視する大切さです。あなたが今、誰かに何かを与える立場にいるなら、それは謙虚さを失いやすい危険な瞬間だと認識してください。上司として部下を指導するとき、親として子どもを育てるとき、先輩として後輩を導くとき、知らず知らずのうちに傲慢な態度になっていないか、自分の心を見つめ直す必要があります。
同時に、受ける立場にあるときも、過度に卑屈になる必要はありません。感謝の気持ちは大切ですが、それは対等な人間としての尊厳を失うことではないのです。健全な人間関係とは、与える側も受ける側も、互いに敬意を持ち続けられる関係です。
現代社会では、立場は流動的です。今日与える側でも、明日は受ける側になるかもしれません。だからこそ、どちらの立場にいても変わらない謙虚さと思いやりを持ち続けることが、真の人間的成熟なのです。このことわざは、そんな柔軟で温かい心を持つことの大切さを、私たちに思い出させてくれます。


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