酒屋へ三里、豆腐屋へ二里の意味・由来・使い方｜日本のことわざ解説

酒屋へ三里、豆腐屋へ二里の読み方

さかやへさんり、とうふやへにり

酒屋へ三里、豆腐屋へ二里の意味

このことわざは、酒や豆腐を買うために三里や二里もの遠い道のりを歩いて行くほど、その人が酒好き、豆腐好きであることを表現しています。本来なら近所で済ませられることを、わざわざ遠くまで足を運ぶというのは、それだけその対象への愛着や執着が強いということです。

このことわざを使う場面は、誰かの特定のものへの強い好みや熱中ぶりを、やや誇張気味に、しかしユーモアを交えて表現するときです。「あの人は本当に○○が好きなんだな」という気持ちを、遠くまで買いに行くという具体的な行動に例えることで、その度合いの強さを印象的に伝えることができます。

現代では実際に三里も歩いて買い物に行く人は少ないでしょうが、好きなものを手に入れるために時間や労力を惜しまない姿勢は今も変わりません。特定のラーメン店のために遠方まで出かけたり、お気に入りのパン屋のために早起きしたりする人の姿は、まさにこのことわざが表す心情そのものと言えるでしょう。

由来・語源

このことわざの明確な文献上の初出は定かではありませんが、江戸時代の庶民の生活感覚から生まれた表現だと考えられています。

まず注目したいのは、なぜ「酒屋」と「豆腐屋」なのかという点です。江戸時代、酒は嗜好品の代表格でした。一方、豆腐は日常的なタンパク源として庶民の食卓に欠かせない食材でしたが、同時に美味しい豆腐を求める人々の舌は肥えていました。特に江戸では「豆腐百珍」という豆腐料理のレシピ本が出版されるほど、豆腐への関心が高かったのです。

「三里」「二里」という距離の設定も興味深いところです。一里は約四キロメートルですから、三里なら約十二キロ、二里なら約八キロになります。当時は徒歩が基本ですから、これは相当な距離です。往復すれば一日仕事になってしまうでしょう。

この表現が生まれた背景には、江戸の町人文化における「粋」や「こだわり」の精神があったと推測されます。美味しいものを求めて遠出することを厭わない、そんな江戸っ子の心意気が込められているのかもしれません。また、好きなもののためなら苦労を惜しまないという人間の性質を、ユーモラスに表現したものとも言えるでしょう。

豆知識

江戸時代、豆腐は朝早くに作られて売られる商品でした。豆腐屋は夜明け前から仕事を始め、朝のうちに売り切ることが多かったのです。そのため、美味しい豆腐を求める人は早起きして遠くの評判の豆腐屋まで足を運ぶ必要がありました。つまり、豆腐好きは距離だけでなく時間の犠牲も払っていたわけです。

酒については、江戸時代には「下り酒」という上方（関西）から江戸に運ばれてくる酒が珍重されました。地元の酒より遠方の酒の方が美味しいとされることもあり、実際に遠くから取り寄せる文化がありました。このことわざの背景には、そうした「遠くの良いもの」を求める当時の消費文化も反映されているのかもしれません。

使用例

• 彼は毎週末、隣の県まで通っているらしい。まさに酒屋へ三里、豆腐屋へ二里だね
• あの店のコーヒーのために片道一時間かけて通うなんて、酒屋へ三里、豆腐屋へ二里というやつだ

普遍的知恵

このことわざが教えてくれるのは、人間の「好き」という感情の持つ強大な力です。好きなもののためなら、人は驚くほどの時間と労力を費やすことができます。それは理屈ではなく、心が動かされるからこそ生まれる行動なのです。

考えてみてください。三里、二里という距離は決して近くありません。疲れるし、時間もかかります。もっと近くで済ませられるのに、わざわざ遠くまで行く。これは一見すると非効率で、無駄な行動に見えるかもしれません。しかし、人生において本当に大切なものは、効率や合理性だけでは測れないのです。

好きなものを追い求める情熱は、人間を人間たらしめる本質的な要素です。それは生きる喜びであり、日常に彩りを与えてくれるものです。遠くまで足を運ぶその道のりさえも、好きな人にとっては楽しい時間になります。目的地に着いたときの満足感、手に入れたときの喜びは、近場で済ませたときとは比べものになりません。

このことわざが長く語り継がれてきたのは、人間のこうした性質が時代を超えて変わらないからでしょう。好きなもののために努力を惜しまない姿勢は、ときに周囲から見れば滑稽に映るかもしれません。しかし、その情熱こそが人生を豊かにし、生きる活力を生み出すのです。

AIが聞いたら

このことわざは、宇宙を支配する「時間の矢」を見事に捉えています。熱力学第二法則によれば、すべての物質は放っておけば無秩序な状態、つまり高エントロピー状態へ向かいます。豆腐はまさにこの法則の教科書的な例です。

豆腐の腐敗速度を考えてみましょう。常温では約6時間で細菌が指数関数的に増殖し、タンパク質の分子構造が崩壊していきます。つまり、整然と並んでいた分子がバラバラになる速度が極めて速い。だから二里でも急いで帰る必要があった。一方、酒は発酵という「制御された無秩序化」の産物です。アルコール発酵では、微生物が糖を分解してエタノールを生成しますが、このエタノール自体が防腐剤として機能し、さらなる無秩序化を抑制します。

興味深いのは、江戸時代の人々が「エントロピー増大速度の違い」を距離という空間概念で表現した点です。豆腐は時間当たりのエントロピー増加率が高いため短い距離しか許容できない。酒は増加率が低いため長い距離でも問題ない。つまり、このことわざは時間と空間とエントロピーの三者関係を、科学用語なしで正確に記述した民衆の知恵なのです。物理法則を生活の中で体感的に理解していた証拠と言えるでしょう。

現代人に教えること

このことわざが現代のあなたに教えてくれるのは、自分の「好き」を大切にすることの価値です。効率や便利さが重視される今の時代だからこそ、あえて手間をかけて好きなものを追い求める姿勢は、心の豊かさを保つ秘訣になります。

周りから見れば「そこまでしなくても」と思われるようなこだわりでも、それがあなたの人生に喜びをもたらすなら、堂々と追い求めていいのです。好きなアーティストのライブに遠征する、お気に入りのカフェのために早起きする、そんな一見非効率な行動が、実は日常に特別な輝きを与えてくれます。

大切なのは、自分の情熱に正直になることです。「これが好き」という気持ちは、あなたという人間を形作る大切な要素です。その気持ちに従って行動することで、人生はより色鮮やかになります。

ただし、このことわざは同時に、バランスの大切さも教えてくれています。好きなもののために努力するのは素晴らしいことですが、それが生活全体を圧迫するほどになっては本末転倒です。楽しみながら、無理のない範囲で、自分の「好き」を追いかけていきましょう。