魚を得て筌を忘るの意味・由来・使い方|日本のことわざ解説

ことわざ

魚を得て筌を忘るの読み方

うおをえてうえをわする

魚を得て筌を忘るの意味

このことわざは、目的を達成すると、そこに至るまでに助けてくれた人や使った手段を忘れてしまう人間の身勝手さを戒める言葉です。魚を捕るための筌という道具が、魚を手に入れた途端に不要なものとして忘れ去られるように、成功した人が恩人や協力者への感謝を忘れてしまう様子を表しています。

このことわざは、誰かが成功した後に恩を忘れた態度を取っているときに使われます。特に、困っていたときに助けてもらったのに、状況が好転すると助けてくれた人を顧みなくなった場合などに当てはまります。成功は決して一人だけの力で成し遂げられるものではないという真理を、私たちに思い起こさせてくれる言葉なのです。現代社会でも、キャリアアップや事業の成功後に、かつての恩人を軽んじる人への批判として使われています。

由来・語源

このことわざは、中国の古典『荘子』の「外物篇」に登場する「筌者所以在魚、得魚而忘筌」という一節に由来すると考えられています。筌(うえ)とは、竹や柳で編んだ魚を捕る仕掛けのことです。川や池に沈めておくと、魚が中に入り込んで出られなくなる構造になっています。

荘子は本来、この言葉を「真理を得たら、それを伝える言葉という手段にこだわる必要はない」という哲学的な意味で使っていたとされています。筌は魚を捕るための道具であり、魚が手に入れば筌の役目は終わる。同じように、言葉は真理に到達するための道具であり、真理を理解すれば言葉にこだわる必要はないという思想です。

しかし日本に伝わる過程で、この言葉は人間の恩知らずな性質を戒める意味へと変化していったと考えられます。目的を達成するために助けてくれた人や手段を、成功した途端に忘れてしまう。そんな人間の身勝手さを批判することわざとして定着しました。哲学的な教えから、より実践的な人間関係の教訓へと姿を変えたのです。

豆知識

筌という漁具は、日本でも古くから使われてきました。竹や柳の枝を円錐形に編んだ構造で、入口は広く奥は狭くなっており、一度入った魚は出られない仕組みです。現代でも一部の地域で伝統的な漁法として受け継がれており、環境に優しい漁具として見直されています。

荘子の原文では、筌の他に「蹄(わな)」と「兎」の例も挙げられています。兎を捕まえたら罠を忘れる、という同じ構造の比喩です。複数の例を用いることで、荘子は「目的を達成したら手段にこだわるな」という哲学的メッセージをより強調していたのです。

使用例

  • 彼は出世したら、苦しい時代に支えてくれた仲間を切り捨てた。まさに魚を得て筌を忘るだ。
  • あの会社は成功したとたん、創業を助けた取引先との契約を打ち切った。魚を得て筌を忘るとはこのことだ。

普遍的知恵

このことわざが語り継がれてきたのは、人間が本質的に持つ「忘却の傾向」を鋭く見抜いているからです。私たちは苦しいときには助けを求め、恩を感じます。しかし状況が好転すると、その苦しみの記憶は薄れ、助けてくれた人の存在も遠のいていきます。これは意図的な恩知らずというより、人間の記憶と感情の性質なのかもしれません。

目的を達成した瞬間、私たちの意識は次の目標へと向かいます。成功の喜びに浸り、新しい環境に適応しようとする中で、過去は自然と色褪せていきます。筌が魚を捕った後は不要になるように、助けてくれた人も「もう必要ない存在」として無意識に分類されてしまうのです。

しかし先人たちは、この人間の性質が人間関係を壊し、社会の信頼を損なうことを知っていました。だからこそ、魚と筌という分かりやすい比喩を使って、私たちに警告を発したのです。成功は決して一人では成し遂げられない。その真理を忘れたとき、人は孤独になり、次に困難に直面したときには誰も助けてくれなくなる。このことわざは、感謝を忘れることの代償を、静かに、しかし確実に教えてくれているのです。

AIが聞いたら

脳科学の実験で、熟練した大工の脳をスキャンすると驚くべき現象が観察されます。金槌を使っている最中、脳は金槌を「外部の道具」ではなく「自分の手の一部」として処理しているのです。つまり、道具の存在が意識から消えている状態です。これを認知科学では「道具的透明性」と呼びます。

この現象の核心は、習熟のプロセスが実は「忘却のプロセス」だという点にあります。初心者はハンマーの重さや握り方を常に意識しますが、熟練者はハンマーを意識せず釘だけを見ています。脳のリソースが道具の操作から解放され、本来の目的である「釘を打つ」ことに全集中できるわけです。神経科学者の研究によれば、この状態では道具を認識する脳領域の活動が低下し、代わりに身体図式を司る領域が道具を取り込んでいることが確認されています。

さらに興味深いのは、この「忘却」が起きないと真の習熟には到達できないという点です。いつまでも筆の持ち方を気にしている書道家は、決して名人にはなれません。道具を忘れた瞬間、人は初めて道具を完全に使いこなせるようになる。このことわざは、この逆説的な真理を2500年も前に言語化していたのです。

道具が透明になるとき、人は目的そのものになります。これは単なる慣れではなく、脳の構造的な変化を伴う本質的な変容なのです。

現代人に教えること

このことわざは、感謝を意識的に実践することの大切さを教えてくれます。人間は放っておけば、自然と恩を忘れてしまう生き物です。だからこそ、意識的に過去を振り返り、助けてくれた人を思い出す時間を持つことが必要なのです。

現代社会では、成功のスピードが速く、次々と新しい目標が現れます。その中で立ち止まって感謝することは、一見非効率に思えるかもしれません。しかし、長い目で見れば、感謝を忘れない人の周りには信頼が積み重なり、困難な時にも助けてくれる人が集まります。

具体的には、定期的に恩人に連絡を取る、成功を報告する、小さなことでも感謝を言葉にする習慣を持つことです。それは相手のためだけでなく、あなた自身の人間性を豊かにし、持続可能な成功への道を開きます。魚を得ても筌を大切にする。その姿勢こそが、真の成功者の証なのです。

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