一利を興すは一害を除くに如かずの読み方
いちりをおこすはいちがいをのぞくにしかず
一利を興すは一害を除くに如かずの意味
このことわざは、新しい利益を生み出そうとするよりも、今ある害や問題を取り除く方が効果的だという意味です。人は新しいことを始めることに魅力を感じがちですが、実は既存の問題や無駄を解決する方が、確実で大きな成果につながることを教えています。
使われる場面は、組織運営や事業改善、日常生活の改善など様々です。例えば、会社で新規事業を立ち上げるよりも、まず既存の赤字部門を整理する方が先決である場合や、新しい習慣を増やすよりも悪習を断つ方が効果的な場合などに用いられます。
この表現を使う理由は、人々が「足し算」の発想に偏りがちだからです。新しいものを加えることは目立ちますが、マイナスを減らすことも同じくらい、あるいはそれ以上に価値があります。現代でも、問題解決の優先順位を考える際に、この知恵は非常に有効です。
由来・語源
このことわざは、中国の古典思想に由来すると考えられています。特に『淮南子』や『韓非子』といった古代中国の思想書には、統治や経営において「害を除くことの重要性」を説く記述が見られ、この考え方が日本に伝わって定着したという説が有力です。
「一利を興す」とは新しい利益を生み出すこと、「一害を除く」とは既にある害悪を取り除くことを意味します。「如かず」は「及ばない」「劣る」という意味の古語です。つまり、新しいものを作り出す努力よりも、今ある問題を解決する方が優れているという教えです。
この思想の背景には、古代の統治者たちが直面した現実的な課題がありました。新しい政策や制度を導入することは、しばしば予期せぬ混乱を招きます。一方で、既存の悪習や不正を取り除けば、確実に状況は改善されます。リスクとリターンを冷静に見極めた先人たちの知恵が、この言葉には凝縮されているのです。
日本では江戸時代の儒学者たちによって広められ、為政者の心得として重視されました。派手な功績を求めるよりも、地道に問題を解決することの価値を説く、実に実践的な教訓として受け継がれてきたのです。
豆知識
このことわざは、現代のビジネス用語でいう「マイナスをゼロにする改善」と「ゼロをプラスにする革新」の違いを、数百年も前から指摘していたことになります。興味深いのは、心理学的にも人間は「得る喜び」よりも「失う痛み」の方を約2倍強く感じることが実証されており、害を除くことの心理的効果の大きさは科学的にも裏付けられています。
また、医学の世界でも「まず害をなすなかれ」という原則が古くから存在し、新しい治療法を試すよりも、まず患者に害を与えている要因を取り除くことが優先されます。東洋と西洋で独立に同じ知恵が生まれたことは、人類共通の真理を示しているといえるでしょう。
使用例
- 新しいプロジェクトを増やすより、一利を興すは一害を除くに如かずで、まず赤字事業を整理すべきだ
- ダイエットも一利を興すは一害を除くに如かずというし、新しい運動を始めるより夜食をやめる方が先かもしれない
普遍的知恵
このことわざが語る普遍的な真理は、人間が本質的に「加える」ことに価値を見出しやすく、「取り除く」ことの重要性を見落としがちだという性質です。なぜ人はこうなのでしょうか。それは、何かを新しく始めることは目に見える行動であり、達成感や充実感を得やすいからです。一方で、問題を取り除くことは地味で、その効果も「当たり前」として見過ごされがちです。
しかし、先人たちは見抜いていました。人生において、本当に大切なのは華やかな成功よりも、足元の障害を確実に取り除くことだと。これは人間の成長においても真実です。新しい知識やスキルを次々と身につけようとする前に、自分を妨げている悪習や思い込みを手放すことの方が、よほど人生を変える力を持っています。
この知恵が時代を超えて語り継がれてきたのは、それが人間の根本的な弱点を突いているからです。私たちは常に「もっと」を求めますが、実は「より少なく」することで豊かになれる。引き算の美学、それがこのことわざの核心なのです。問題を抱えたまま新しいものを積み重ねても、土台が不安定では崩れてしまいます。まず基盤を整える、その謙虚さと賢明さこそが、真の成長への道なのです。
AIが聞いたら
新しい利益を生み出す行為は、物理学でいうエントロピーを下げる作業に似ています。エントロピーとは、簡単に言えば「散らかり具合」のこと。部屋は放っておけば自然に散らかりますが、片付けるには大量のエネルギーが必要です。宇宙全体でも同じで、秩序を作るコストは想像以上に高いのです。
興味深いのは、このエネルギー効率の非対称性です。たとえば新しい工場を建てて利益を生もうとすると、建設費、人件費、維持管理費がかかります。しかし既存の無駄な規制を一つ取り除けば、追加エネルギーなしで経済全体の流れがスムーズになります。熱力学では、断熱材を追加するより熱の漏れ穴を塞ぐ方が効率的なのと同じ原理です。
さらに重要なのは、新しいシステムを作ると予期せぬ副作用が生まれる点です。これは局所的にエントロピーを下げると、その周辺で必ずエントロピーが増大するという法則の表れです。新技術の導入で効率化しても、別の場所で廃棄物や社会問題が発生するのはこのためです。
一方、害を除く行為は障害物を取り除くだけなので、システム全体のエントロピー増大を抑えられます。つまり宇宙の法則に逆らわず、自然な流れに沿った改善なのです。このことわざは、物理法則が人間社会にも貫徹していることを示す深い知恵と言えます。
現代人に教えること
このことわざが現代のあなたに教えてくれるのは、「引き算の勇気」です。私たちは常に何かを追加することばかり考えています。新しいアプリ、新しい習慣、新しい目標。でも、本当に人生を変えるのは、何を始めるかではなく、何をやめるかかもしれません。
あなたの時間を奪っている無駄な習慣はありませんか。エネルギーを消耗させる人間関係はありませんか。心を重くしている古い思い込みはありませんか。それらを手放すだけで、驚くほど人生は軽やかになります。
現代社会は「もっと、もっと」と私たちを駆り立てますが、時には立ち止まって考えてみてください。今、あなたに必要なのは本当に新しい何かでしょうか。それとも、既にあるものの中から不要なものを取り除くことでしょうか。
足し算ではなく引き算で考える。それは決して消極的な姿勢ではありません。むしろ、本当に大切なものを見極める、積極的な選択なのです。あなたの人生から一つ害を除けば、そこに新しい可能性の空間が生まれます。
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