有るは厭なり、思うは成らずの読み方
あるはいやなり、おもうはならず
有るは厭なり、思うは成らずの意味
このことわざは、人間の不満足な心理の本質を表しています。すでに手に入れているものには満足できず、気に食わないと感じてしまう。その一方で、本当に欲しいと思っているものは思うようには手に入らない。この二重の不満が人間の常だということを示しているのです。
使われる場面は、自分自身や他人の欲深さ、満足できない性質を指摘するときです。たとえば、せっかく手に入れたものに文句ばかり言いながら、別のものを欲しがっている人を見たとき、この言葉で人間の業のようなものを表現します。
現代でも、この心理は変わりません。新しいスマートフォンを買ってもすぐに不満が出て、次の新機種が欲しくなる。今の仕事には不満があるのに、本当にやりたい仕事にはなかなか就けない。このような状況は、まさにこのことわざが示す人間の姿そのものです。自分の心の動きを客観的に見つめ、戒めるために使われる表現といえるでしょう。
由来・語源
このことわざの由来について、明確な文献上の記録は残されていないようですが、言葉の構造から興味深い考察ができます。
「有る」と「思う」という対比が、このことわざの核心です。「有る」は現実に手に入っている状態、「思う」は心の中で望んでいる状態を表しています。この対比構造は、人間の心理を鋭く捉えた表現といえるでしょう。
「厭なり」という古語は、現代語の「嫌だ」とは少しニュアンスが異なります。単に嫌悪するというより、飽きて満足できない、物足りないという気持ちを含んでいます。つまり、手に入れたものに対する不満足感を表現しているのです。
一方、「成らず」は願いが実現しないことを示しています。この二つの要素を組み合わせることで、人間の矛盾した心理状態が浮き彫りになります。
このことわざは、おそらく江戸時代以前から民衆の間で語り継がれてきたと考えられています。人々の日常的な感情を的確に言い当てているため、自然発生的に生まれ、広まっていったのでしょう。特定の書物や人物に由来するというより、長い年月をかけて人々の生活の中で磨かれてきた知恵の結晶といえます。
使用例
- せっかく希望の部署に異動できたのに文句ばかり言って、今度は別の仕事がしたいなんて、まさに有るは厭なり思うは成らずだな
- 今の彼氏には不満だらけなのに理想の人とは出会えないなんて、有るは厭なり思うは成らずとはよく言ったものだ
普遍的知恵
このことわざが示しているのは、人間の心に深く根ざした矛盾です。なぜ私たちは、手に入れたものに満足できないのでしょうか。それは、人間が常に「もっと良いもの」を求める生き物だからです。
この性質は、ある意味で人類の進歩を支えてきました。現状に満足せず、より良いものを求め続けたからこそ、文明は発展してきたのです。しかし同時に、この性質は私たちを永遠の不満足の中に閉じ込めてもいます。
興味深いのは、このことわざが単なる批判ではなく、人間理解の深さを示している点です。「有るは厭なり」と「思うは成らず」という二つの要素を並べることで、人間の欲望が持つ構造的な問題を浮き彫りにしています。手に入れたものは色褪せて見え、手に入らないものは輝いて見える。この心理のメカニズムは、時代を超えて変わりません。
先人たちは、この人間の性を見抜いていました。だからこそ、このことわざは戒めであると同時に、諦観でもあります。完全な満足など得られないのが人間だと知ることは、ある意味で心の平安につながります。自分の不満足な心を責めるのではなく、それが人間の本質だと理解することで、少し楽になれるのではないでしょうか。
AIが聞いたら
このことわざには、人間の脳が持つ奇妙な計算ミスが隠れています。行動経済学のプロスペクト理論によれば、人は損失の痛みを利益の喜びの約2.25倍強く感じることが実験で証明されています。つまり、1万円を失う苦痛は、1万円を得る喜びの2倍以上重いのです。
ここで面白いのは、このことわざが示す心理構造です。「有るは厭なり」とは、すでに手に入れたものが当たり前になり、不満の対象に変わる現象です。これは参照点依存性という仕組みで説明できます。人間の満足度は絶対的な量ではなく、自分が設定した基準点からの変化で決まります。恋人ができた瞬間は喜びでも、それが新しい参照点になった途端、今度はその状態が「普通」になり、些細な不満が損失として大きく感じられるのです。
一方「思うは成らず」の願望は、まだ手に入れていないため損失として認識されません。脳にとっては単なる可能性であり、痛みを生まないのです。つまり、持っている恋人の欠点という小さな損失が、持っていない理想という大きな利益より心理的に重く感じられる。この非対称性こそ、人が現状に不満を抱きながら新しい夢を追う矛盾の正体です。
現代人に教えること
このことわざが教えてくれるのは、自分の心の動きを客観的に見つめる大切さです。今あるものに不満を感じ、手に入らないものばかり追いかけている自分に気づいたら、一度立ち止まってみましょう。
大切なのは、この心理パターンを知った上で、意識的に感謝の視点を持つことです。手に入れたものの価値を再発見する努力をしてみてください。新しく買った服も、慣れた職場も、今いる人間関係も、改めて見つめ直せば、見落としていた良さが見えてくるはずです。
同時に、手に入らないものへの執着を手放す勇気も必要です。すべての願いが叶うわけではないという現実を受け入れることは、諦めではありません。むしろ、本当に大切なものに集中するための知恵なのです。
あなたの人生は、今この瞬間にあります。未来の理想ばかり追いかけて、今ある幸せを見逃してはいませんか。このことわざは、そんな問いかけを私たちに投げかけているのです。完璧な満足は得られなくても、今あるものの中に喜びを見出すことはできます。その視点の転換こそが、このことわざが現代に生きる私たちに贈る、最も価値ある教訓なのです。
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